ペットショップ・るんるん

DIARY

題名:幸せな飼い主です

2014年11月24日 by おかぴ

こんばんは

岡ぴあの

11月23日 20時40分 永眠いたしました。

2005年 10月29日生まれ

享年9歳

O

 

これまで本当に数えきれぬ想いを頂いてきました。

皆様、小さい時から亡くなるまで、本当に、本当にありがとうございました。

 

お通夜をしています。

朝が来るまで、家を出るまで、相棒のはなびと一緒に寝かせようと思います。

案の定、はなちゃんは、もうぴあのが死んでいると分かったのに

今、自分のベットから毛布を出して、隣で寄り添って寝ています。

いつも通りくっついて寝た姿を見て、涙が出て、苦しかったです。

もう二度とこの風景は見られません。苦しいです。

O

 

 

ぴあのは悪性リンパ腫を発症し、ちょうど11か月で亡くなりました。

前の日記にも書いていたように、しばらくとても調子がよかったんです。

 

今朝から高熱と呼吸困難が起こりました。急変といってもいいのかもしれませんが

最終的には、肺血栓が起きてしまった事によって亡くなりました。

 

今日は主治医の木下先生が、休診でお留守の日に重なってしまい

藤井院長が日曜の午後のオペ後にも関わらず、すぐに来てくださいと言ってくださったので、幸運でした。

みなさん残って下さって、懸命の処置と救命をしてくださいました。本当にありがとうございました。本当に・・・。

木下先生からも、お電話を頂戴しましたが、間に合いませんでした。

何度も何度も、私が看られれば・・・と。

でも、2日前の抗がん剤後の検診では、何でこんなに調子がいいのかな~と先生をうならせていたので

ぴあのは先生に、その元気な姿、先生が11か月生かしてくださった姿を見てもらえたからよかったんだと思いますとお伝えしました。

木下先生は、正直11か月いけるとは思っていなかったんです。

ぴあのちゃんは、本当にがんばりました。がんばったと、本音で褒めてもらえました。

 

院長先生とも、遅い時間にも関わらず、若かりし頃のぴあのの事、小さい時の入院の時のこと、背骨の話や、腎臓が奇形だったとか、リンパ腫以外大した病気もせず、ワクチンでお世話になるくらいだったのに、よく覚えていてくださって。

院長にも、11か月木下先生のお話しを聞いていても、本当によくがんばったと褒めて頂きました。

院長先生は、手の施しようがないと分かったとしても、最期まで必死に向き合ってくださる、ほんとに治療や救命には、全身にオーラがでて5感が研ぎ澄まされる方だから。きれいにエンジェルケアもして頂いて。

そして、涙を流し、浮かべながら、話をしながら、ずっとぴあのの体をさすってくださっていました。

 

きのしたペットクリニック院長 木下先生、看護師の皆様 11か月間、これほど長い時間を私たちに与えてくださってありがとうございました。

先生の抗がん剤治療の技術や知識がなければ、とても11か月なんてありえませんでしたし、いつでもいつもクオリティオブライフを考え、多くの思いやりを頂きました。何かまだ実感がありません、先生の所に行かなくなることが。まるちゃんにもしばらく会えないんだなぁ。

 

はまださんが、ここ数日の体調の良さ、元気は

「私たちに対するありがとうやったとよ、すごいよぴあのちゃんは、ほんと。」と言ってくれました。

私にも経験則があるので、でも毎度どういう思いで看取るかって、ありがとうしかないよね。と話していたんですが。そばで苦しんで死にゆく時に寄り添える幸せと、とてつもない苦痛があります。みんな苦しんで死にますから。でもありがとうってありがとうね、ありがとうってそばにいてやればいい。と。

うちの子になってくれてよかった。出会えてよかった。ほんとに最期の日がくるまで楽しかった。

 

やっぱりまだ実感がないな。書きながら思う。

涙がでる。声は押し殺す。みんなが起きてしまう。

実は自分大丈夫だろうかと、他人事に思える。

 

ぴあのは、とても楽しい犬生を送ってくれたと思います。はなちゃんと一緒に。誰にでも可愛がられて。

 

この前子犬だった気がします。

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いつもばかばっかりやって生きてきましたが、大病を患って、ああ、ぴあのってこんなにすごいんだ。と何度も思わされました。

最期まで、屈しませんでした。

高熱と呼吸困難、もうチアノーゼなのですが朦朧とした意識でも私たちに反応して立ち上がりました。もうやめて。。。座ってくれ、と思いました、涙があふれました。

 

ぴあのの11か月、9年の生涯に、私は悔いはありません。

これだけ生きてくれたぴあのを前に、たらればなんてありません。~してたらとかしてればとか。

ただ、ただ、でも

この子達の1人は、1人だけでも助けてやりたかった。まっさきにこの子達の所へ行ったでしょうね。玉のように産まれたこの子達は、産まれてすぐ亡くなってしまったんです。懸命に生きたワルツの25日間。助けてやりたかった。

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自分の犬たちが死んでゆく事は、私にとって失うもの、事だけではない。

このチビたちの死、ささやかに生きたワルツの時間。この子達の代償はあまりにも大きかった。でも、新生児や子犬を育てる事、カテーテルを覚え、それから先、何頭も助けることが出来た。

うちの死んだ子達に伝えたいのは、あなたたちが私を死んでもなお支え続け、力を与え、経験をくれ、今もこうして生きていることが出来てるよ。他の誰かに伝えることも出来るよ。

ねぇ、ぴあのちゃん、たぶん抗がん剤治療やりきったの結構うちらだけだよね。

ねぇ、ぴの。

ねぇ、ぴのたん。

こんな大きな経験を与えてくれてありがとう。いつか誰かの力にする。必ず。

 

院長が、最後まで全力を尽くす姿を見て、若いスタッフの子達が多くを感じ、学ぶから。そして、これから犬や猫を飼う人たちにも多くを伝えられるはず。ともおっしゃって下さいました。

そうですよね、私の前にはお客さま方とお子たち、後ろにはペット業界をこれから担ってゆく若者がいますね。

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先日迎えた9歳の誕生日の写真。

うれしそうですね、私。

うれしかったです。

 

もう朝がきてしまうようです。いやだなぁ。いやだなぁ。はなちゃんとぴあのちゃんを引き離さなきゃいけない。家を、るんるんを旅立たなきゃいけない。あっという間に骨になってしまう。姿がなくなる。触れない。もう何もできない。家を連れて出る時が一番嫌だ。

ぴあのを見ながら、今、考えなくてもいい事を思ってしまう。それこそ、誰にもわからないことを。

やはり、喪失感は鮮明にあってさみしさとかなしさととてつもない恐怖で、手が震えます。

よっちゃんを亡くし半年もたっていない事も助長しているのかもしれません。たまちゃんがもうすぐだからかもしれません。

「次は誰だろう」と。

亡くなった子達それぞれが、どうやって死んでいくかを知ってしまってからこの恐怖がぬぐえない。

でも、この恐怖に、私が屈してしまったら

二度と、犬や猫に向き合えなくなる。

尽くせなくなる。

 

老若、病んだり、伏したり、痛めたり、苦しんだり

最期まで尽くす犬や猫に、私たちもそれに寄り添い「尽くす」事。

これが成せて、はじめて犬飼い猫飼いなんでしょう。ぴあのが、ぴあのに私、家族、るんるんの全員が成しえた事。これまでも、これからも。

 

ぴあのちゃん死んだっちゃろか・・・死んでしまったんだよね・・・息をしたように見えたりします。錯覚です。朝が来るのが嫌だ。

 

本当によくがんばった、ぴのたん。

岡ぴあの。楽しい犬生を生きました。悪性リンパ腫発症から11か月も生きてくれました。

がんばりました。

ありがとうを伝えて旅立ってくれました。

私、私たちは、幸せな飼い主です。

 

そして、足掻きはありますが、ゆっくりぴあのの死に向き合おうと思います。愛犬の死が重なり心が疲れてしまったような気がします。失ったものの方が少ないくらいですが、やはり悲しみやさみしさ、つらさ、苦しさが積もり積もる前に、我慢せず正直に過ごしてみようと思います。

とりあえず今日、これが記せてよかった。

小さい時からかわいがってくれたママたち、心配してくださったオーナー方、ありがとう。本当に支えになりました。

ぴあのを可愛がってくれたスタッフたち。歴代スタッフのみんな。ぴあのちゃん死んじゃった。うそみたいやろ。でもさ、

もうすでにさ、先に天国に行ってるみんなと合流しててさ、ボールくわえてダッシュ、絶好調で天国でやってるよね。

店長、濵田さん、脇本さん、井俣さん、瀬尾さん、家族、みんなありがとう。

みんながいてのぴあのの11か月だった。本当にありがとう。

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ぴあのちゃん、あなたと一緒に暮らせて、あなたの飼い主で本当によかった。

ぴあのを誇りに思います。

皆様9年間、本当にありがとうございました。 岡愛子 ぴあの

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